ペーパーバックの数が増えていく TEXT+PHOTO by 片岡義男

1 僕はここから始まった

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 シャーウッド・アンダスンの『ワインズバーグ・オハイオ』をペーパーバックで読んだのは、一九五六年の夏の終わりだった。そのペーパーバックを僕はいまでも持っている。なぜだか手もとにとどまり続けたからだ。写真のなかではいちばん右側にあるのがそれだ。他の三冊は、おなじこの作品が、ペンギン・ブックスによって版を変えるたびに、買っておいたものだ。
 十六歳の高校生だった僕は、『ワインズバーグ・オハイオ』を読んでほんとうにびっくりした。小説とは言葉でこういうことをするものなのか、という最初の大発見をしたのだから驚きは当然だし、それがいくら大きくても深くても、そのことに不思議はなにもない。物語を書くことがなくもない、という程度の書き手としてのいまの僕は、この驚きから始まっている。
 もう二十年以上も前、湯島の小料理屋でアメリカのジャーナャストの友人を相手にこの話をし、作家としての僕は『ワインズバーグ・オハイオ』から始まっているのだと説明したら、そういう人がアメリカだけではなく世界じゅうにたくさんいるんだよ、とその友人は笑っていた。
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# by yoshio-kataoka | 2006-04-26 10:41

まえがき

 僕にとってアメリカのペーパーバックが持っていた最大の魅力は、そのサイズだ。子供の手でもなんら無理なく玩具にすることの出来る、ほどよい厚さつまりページ数の、ちょうどいい大きさだからだ。
 おおまかに平均して厚さは十ミリから十三ミリほど。そして大きさは小さいのと大きいのとふたとおりあり、小さいほうは縦が十六センチで横幅は十センチ七ミリほどだ。大きなサイズのペーパーバックは横幅はおなじまま、縦の長さが二センチ長くて十八センチだ。最初から大きいサイズで刊行していた出版社もあったが、初めのうちはずっと小型で、あるときから大型へと移行した。移行の時期は、一九五十年代の終わりから一九六十年代の初めにかけてだった、と僕は記憶している。縦が二センチ違うだけだが、大きいサイズのほうが、いろんな意味で時代の要請に応えやすかったのだろう、と僕は推測する。
 子供の頃、自宅にはペーパーバックがいつも何冊もあった。父親が本を大事にする人で、自分で読むめに買うのとは別に、戦後の日本に進駐していた連合国軍の兵士たち、なかでもアメリカの軍人たちが読み捨てたもの、いらなくなったものなどすべてを、自宅へ持って帰っていたようだ。脈絡なしにさまざまなペーパーバックを、ところどころ拾い読みのように読むのが癖で、六歳、七歳といった子供の目にすら連関のない何冊ものペーパーバックに、しおりがわりのインデックス・カードがはさんであったのを、ペーパーバックで遊びながら僕は不思議に思ったことが何度もあった。
 何枚もの紙が一冊に束ねてあるもの、つまり本や雑誌、ノートブックや手帳などの不思議さは、ペーパーバックを遊び道具にするよりもさらに以前から、僕は感知していた。ペーパーバックは何枚もの紙をごく簡素に製本して、出来上がっている。本棚にならんでいるハード・カヴァーの重厚な本とは、まるで別の感触や雰囲気であり、物体としての簡素な平明さ、そして内容とはまったく無関係にすべておなじ製本のおなじサイズのペーパーバックになるという、外観と中身の乖離を、おなじサイズのおなじ製本という機能性が埋め合わせている様子にも、意識のすぐ下あたりで惹かれるものは充分にあったのではないか、などといま思う。
 ペーパーバックのどのページにも文字がびっしりと印刷してある。これをタイプライターで打つのは大変だろうなあと思ったのが、本のページに印刷された言葉というものに対する、いまでも記憶のなかにあるもっとも幼い最初の反応だ。人がタイプライターで打つのではなく、大量に印刷する技術によって可能になるものなのだ、ということを知ったのはそのすぐあとのことだ。
 四、五十冊のペーバーバックではたいした遊び道具にはならない。最少限でも三百冊は必要ではないか。積み上げて倒したり、フロアにその片隅からならべて敷きつめてみたり、ペーパーバックを玩具にしてひとときを遊ぶことは、いつだって可能だった。紙の上に印刷された、数百万を越えるかもしれない数の言葉を、そうとは意識しないままに、僕は遊び道具にしていたわけだ。
 岩国そして呉から東京へ戻って来たのは一九五三年の夏の終わりのことだ。中学生の僕がただちに知ったのは、古書店というものだった。新刊書店とはまるで異なる世界が、どの古書店のなかにもあった。そしてその世界は、店ごとに微妙に、あるいは決定的に、違っていた。僕は古書店を見ればかならず入ってみる少年となった。そしてその少年がそこで新たに発見したのが、アメリカのペーパーバックだった。
 ペーパーバックはその頃もなお、自宅にはたくさんあり、その数は少しずつながら増えていく傾向にあった。だがそれらは父親が自宅へ持って帰るものであり、僕とは基本的には無関係なものだった。それらを積み上げては倒して遊ぶ子供は、もはやどこにもいなかった。しかし町の古書店で見かけるペーパーバックは、僕の発見物だった。町とは言っても世田谷のほんの片隅、下北沢と代田でしかなかったのだが、どの古書店にもペーパーバックがあった。アメリカの人が本国へ帰るときに売り払いに来るとか、アメリカ人家族の住む家に雇われている日本人のメイドが、いらなくなった本や雑誌の処分を頼まれて売りに来る、といった話をあちこちの古書店の店主から、僕は聞いた。
 見なれたペーパーバックではあっても、それが置かれている文脈が大きく異なると、まったく別な意味ないしは価値をまとう。アメリカそのものと言っていいほどに、どうしようもなくアメリカであるはずのペーパーバックが、一九五十年代前半の東京の、郊外の商店街のなかにふとある古書店に、四十冊、五十冊と積んである光景には、なんとも言いがたいものがあった。なんとも言いがたい、などと言っても話は進展しない。見なれたペーパーバックが、まったく新たに僕をとらえた、という程度には言っておこう。
 どんどん売れていくことはまずないけれど、こうして置いておけば目をとめて買っていく人がいないわけではない、というようなごく淡く期待のもとに、古書店の書棚の前の奥行きの浅い平台の、いちばん入口に近い片隅に、まとめて積み上げてあることが多かった。店によっては書棚の端に、ペーパーバックのためのスペースが作ってある場合もあった。そして僕はそのようなペーパーバックを、買い始めた。
 なにかを読みたくて買うのではない。けっして読まないわけではないけれど、まずは買うために買うと言うか、古書店の隅にあるままの状態が続くのであれば、僕が買って自宅へ持って帰ってもいいという、要するに僕が買うことによってそれらのペーパーバックの居場所が劇的に変化するのを、僕は楽しんでいたように思う。毎日のようにその前を歩いている古書店だから、全冊を買う必要はなかった。今日はこの三冊、この次は別の三冊というふうに、少しずつではあっても買い続けると、自宅の僕の部屋にあるペーパーバックは、その数を確実に増やしていった。
 壁に沿って積み上げて僕の背丈とおなじほどの冊数になったペーパーバックは、積み上げて押さえていないと前へと倒れてくる。だから積む高さを半分ほどにして、壁に沿って二列にならべておくと、たちまち三列そして四列と、数を増していくのだった。読む、という目的やその領域が明確にあって買っているのではないから、買うペーパーバックの内容は、当然のことながら多岐におよんだ。程度のいいものだけを選んで買う、というようなこともしないから、ぼろぼろになったペーパーバックもたいへん結構、という妙な方針の少年客を、あちこちの古書店は常連として持つことになった。
 少年のあいだずっと、自宅近辺の何軒かの古書店で、こんなふうにペーパーバックを買い続けた。大学生になってからは、買う場所が神保町となった。僕がかよっていた早稲田という大学から、都電で神保町へ乗り換えなしでいけることを、ある日のこと発見したからだ。都電でしばしば僕は神保町へいき、古書店をめぐり歩いては、ペーパーバックを買った。持っていないものは買う、という方針が出来たのはこの頃だったと思う。時をへずして僕はペーパーバックばかり大量に買う人となった。平均的な日で十五冊、やや多い日で三十冊、かなりたくさん買った日で五十冊近く、というような買いかただ。自宅近辺の古書店から、店にあるペーパーバック、あるいは新たに入荷したペーパーバックを、すでに持っていないかぎり、全冊を買っていく客ともなった。
 このようにペーパーバックを買い続けた結果、もっとも数が多くなった頃に、その数がどのくらいだったかを、嵩に移し換えて書いてみよう。六畳の部屋のいちばん奥の片隅から、一メートル五十センチほどの高さにペーパーバックを積んでは、その列をびっしりとならべていく。六畳ひと間のスペースが、一メートル五十センチの高さに積んだペーパーバックの柱で、ぎっしりと埋まってしまい、残されたスペースとしてはドアを開けた僕がひとり入り、ドアを閉じることが出来るだけ、という状態となった。
 これだけの数のペーパーバックがいまもそのまま僕のところにあるわけではないが、この半分は確実に残っている。しかもいまでも買っているから、数としては増えていく、という明らかな傾向がいまでも続いている。僕がひとりで買い集めたペーパーバックを材料にして、僕ひとりだけのペーパーバック目録のようなものを作成することは出来ないだろうか、と僕は何年も前から考えてきた。
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# by yoshio-kataoka | 2006-04-15 15:29





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