ペーパーバックの数が増えていく TEXT+PHOTO by 片岡義男

3 あなたも小説を書かなくては

b0071709_1950497.jpg 一九六五年の初夏ではなかったか。あるいは、その次の年の夏。六七年や六八年ではない。と言いきる根拠はどこにもないのだが、根拠のなさを根拠にすると、あれは一九六五年のことだった、ということになる。
 当時の神保町にはバーがたくさんあった。そしてその頃の僕は仕事と遊びの場が、神保町とその周辺だった。いろんな雑誌に冗談のような文章を書き、もっと冗談のような新書の原稿を、神保町や駿河台下の喫茶店をはしごしながら書くのが、その頃の僕の仕事だった。
 編集者に誘われて入ったバーで、当時の僕とおなじような年齢の女性が、ホステスとしてカウンターの向かい側についてくれた。いろんな話の連続のなかで話題は仕事のことになった。「こちらはサラリーマンだけど、あなたはなにをしてる人なの?」と、彼女は僕に訊いた。だからたったいま書いたようなことを、いまの自分の仕事として僕は彼女に語った。
 「ということは、もうじき小説を書くのね」
 と、彼女は言った。この台詞を僕はいまでも覚えている。小説を書くことが、目標としてはっきりあったわけではなかったけれど、このままいけば小説を書かなければ格好のつかないことになるのかな、という思いだけは淡く頭の隅にあった。
 「ダーチャ・マライーニのような小説を書いてよ」
 と、彼女の台詞は続いた。この言葉も僕は記憶している。単に記憶しているだけではなく、ひとつの謎としていまも残っている。
 彼女が言ったダーチャ・マライーニのような小説とは、一九六三年に発表してなにかの大きな賞を取った、『マレーズの時代』のことであるはずだ。マレーズは翻訳しにくい言葉だが、倦怠のほうへ傾いた気味のある不安感や不安定な気持ち、といった意味だ。
 この作品が英語に翻訳されたのは一九六三年だ。一九六四年にデル・ブックスから刊行されたペーパーバックを、神保町のバーでホステスからマライーニの名を聞いた三日ほどあと、僕は手に入れた。マライーニのような小説を書けと僕に言ったあと、「でも、あなたは男ですものね」と、彼女はつけ加えた。
 『マレーズの時代』という小説は、土俗的な世界とすら言っていほどのローマで、土俗性そのもののような人間関係のなかで、さらなる土俗性の発露である恋愛の手練手管を、その微妙きわまりない細部まで本能のように身につけている若い女性が、その本能を発揮していくことのなかに時代のマレーズを感じる、というような小説だ。彼女の一人称で書かれている。
 あなたは男ですものねとは、だから若い女性の一人称でこのような小説を書くわけにはいかないでしょう、といった意味だ。そしてこう言うからには、彼女はそのときすでに『マレーズの時代』を読んでいたことになる。日本語訳が早くも刊行されていたのか。話題の作品が翻訳されると、彼女はいち早く読む人だったのか。文庫本で翻訳が出たのを僕は知っているが、それは十年以上もあとのことではなかったか。
 まだ小さい頃のデル・ブックスによる『マレーズの時代』が二冊あった。だからこれも二冊重ねて、記念写真を撮ってみた。
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# by yoshio-kataoka | 2006-05-08 10:49

2 ベスト・テンの第十位に

b0071709_20184885.jpg おそらく一九八十年代の初め、名前をまるっきり覚えていない雑誌から、「アメリカのハードボイルド小説のベスト・テンをあげてください」というアンケートの依頼を僕は受けた。それぞれの作品に短い言葉を添えつつ、十冊をベスト・テンとして選ぶのだ。ベスト・テン、あるいは、自分にとってのこの一冊、といったアンケートないしはエッセイ原稿を、僕は不得意としている。しかしそのときはなぜか引き受け、僕なりのベスト・テンを作った。
 そのときに第十位にあげたのが、ウィリアム・R・スコットという作家の、『ハンガー・マウンテン』だった。一九五五年にデル・ブックスというペーパーバックの、書き下ろしシリーズで刊行された。僕が読んだのは二十歳くらいの頃ではなかったか。感銘を受けた僕は、これはとっておこう、ときめてそのとおりにした。だからいまでもある。

b0071709_201901.jpg 僕が読んだのを写真に撮ったあと、まだ小さいサイズだった頃のデル・ブックスの山のなかから、もう一冊、見つけた。だから二冊を重ねてもう一度、写真に撮ってみた。両方を掲載しておきたい。一冊と二冊とでは、雰囲気がかなり違ってくるはずだ、と思うから。
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# by yoshio-kataoka | 2006-05-02 10:05





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