ペーパーバックの数が増えていく TEXT+PHOTO by 片岡義男

7 僕にはクロスワード・パズルを

b0071709_10154453.jpg 僕は子供の頃からクロスワードの熱心な実践者だ。空いた時間があればからずクロスワードを解いていた時期が、十代の後半から二十代のなかばまで、十年ほど続いた。バーに誘われてカウンターの席についても、ほどなく英字新聞を小さく開いて片隅のクロスワード・パズルをあらわにし、鉛筆を指先に持って黙り込んで考える、というようなことをして嫌われていた。ずうっとクロスワードを解いていられたなら、人生はどんなに快適だろうかと、いまでも思うことがある。
 クロスワードのペーパーバック、あるいはそれに関連した辞書などのペーパーバックを、かつて大量に持っていた。いつのまにかその数は少なくなり、いまはこれだけ、という様子を写真にしてみた。さらにそのなかから五冊を選び、ならべて写真に撮ってみた。クロスワードを解くときに使うのは、一端に消しゴムのついた黄色いナンバー2の鉛筆なのだ、ということがこの写真を見るとよくわかる。どの表紙のデザインのなかにも、黄色い鉛筆が登場しているではないか。そしてこの黄色い鉛筆の常備が、いまの僕には十ダースほどもある。
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# by yoshio-kataoka | 2006-05-22 10:21

6 桟橋の突端にて

b0071709_14575615.jpg 一九九三年の、バランタイン・ブックスのペーパーバックだ。かつてバランタイン・ブックスは単独の出版社であり、ペーパーバックのブランドのひとつとして、バランタインはよく知られて評価も高かった。いまではランダム・ハウスの一部門であるようだ。
『桟橋の突端』という題名が気になって買った。読んでみた動機も、おなじくそこにあった。マーサ・グライムズには十冊を越える作品がある。これはそのなかのひとつで、ミステリーと呼んでいいだろうか。アメリカ的としか言いようのない悲惨な人間関係が、いくつも起きる殺人事件に共通する主題となっている。ひとりの人物が実行した連続殺人事件だから、主題は共通して当然だろう。
 離婚して子供を捨て、家庭を壊してなお、底辺をさまようかのように生きる女性を、幼くして自分も母親に捨てられた体験を深く持つ男性が、ひとりずつ殺していく。離婚や子供を捨てる行為にはまだいたってはいなくても、遠からずかならずやそうする、と思われる女性をも殺してしまうところが、工夫と言えば工夫だろうか。
 いくつもの殺人事件という謎が、ひとりの人の捜査努力によって少しずつ解かれていく過程を、客観的に描いていくという書きかたとは、まるで別のところに成立する文体と展開だから、そこを読んでいく小説かとも思う。湖に向けて突き出ている桟橋のこちら側と、対岸にある富裕層の別荘地域とそこに集まる人々との対比が、主題のしめくくりの部分で効果を上げなくてはいけないはずだ、と僕という読者は思った。しかし富裕層の人物の造形には、明らかに破綻がある。こちら側と対岸とにまたがるひとりの青年の、物語のなかで果たすべき役割が、不充分だからだろう。
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# by yoshio-kataoka | 2006-05-19 22:20





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