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ペーパーバックの数が増えていく TEXT+PHOTO by 片岡義男

42 九つの短編で一冊を

42 九つの短編で一冊を_b0071709_10485533.jpg J.D.サリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』の、一九六十年第六版だ。こういうデザインの表紙は、ペーパーバックではかなり珍しい。二十歳のときに買っていまでもまだ持っている理由は、まずそのあたりにある。三十代なかばにさしかかる頃から小説を書き始めた僕は、その三十代が終わろうとする頃、当時は毎日のように顔を合わせていた編集者とふたりで、『ナイン・ストーリーズ』というタイトルの短編集を書き下ろす計画を、相談したことがある。サリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』を読み、主題や状況設定、人物の配置などを、パクるのではなくカヴァーするという方針で、カタオカーの『ナイン・ストーリーズ』を作ったら面白いだろうか、そうでもないだろうか、というような相談だ。
 冒頭にある『バナナ・フィッシュに最適の日』という短編をまず僕は読み、これはカヴァーするのは簡単だと思った。横田基地の外、十六号線の近くにあった横田ゲスト・ホテルを舞台に、基地で働く日系のアメリカ軍人の息子が、基地で盗んだ拳銃で頭をぶち抜いて死ぬ話にすればいい、というようなことを僕は編集者に語った。ここまでは記憶しているのだが、ここから先がどうなったか、僕はなにひとつ覚えていない。多忙さのただなかで立ち消えとなったのだろう。
 それから何年かあと、僕は『バナナ・フィッシュに最適の日』の翻訳を依頼され、翻訳した。なにかの本のなかで活字になったはずだ。なにかの本ではなく、九人の人が一編ずつ翻訳を受け持った、『ナイン・ストーリーズ』そのものだったかもしれない。
by yoshio-kataoka | 2006-10-25 10:51





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