ペーパーバックの数が増えていく TEXT+PHOTO by 片岡義男

5 ロス・アラモスの原子爆弾

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 アメリカン・ファーマシーがまだ日比谷にあった頃、そこで買った何冊ものペーパーバックのうちの一冊だ。第二次世界大戦でアメリカが原爆を製造した過程のぜんたいが、マンハッタン・プロジェクトと呼ばれた。そのプロジェクトは、一九四五年の春、第一回の爆発実験に成功した。このときの様子が、小説のクライマックスのひとつとして、この作品のなかに描写であらわれる。
 原爆を製造するための具体的な作業は、サンタフェの外に広がる荒野の台地で進行した。必要とされるあらゆる施設や設備が、本来ならなにもない荒野の台地に、すさまじい勢いで急造されていった。多くの人員が動員され、大量の資材が消費されたのだが、そのプロジェクトは、おもて向きにはどこにも存しないものとして、秘密のなかに保ち続けられたという。
 サンタフェのメサに現出したプロジェクトの現場は、町とも工場とも施設ともつかない、不思議な場所だった。すべては秘密で、しかもいっさいが存在しないことになっているのだから、プロジェクトのぜんたいが架空のものであるとも言えるような、奇妙な現実だ。そこで殺人事件が起きる。それを捜査するために、アメリカ陸軍から捜査官が派遣されてくる。その捜査官の視点から、物語は描かれている。
 殺人事件は嫉妬が原因の単純なものだった。だがそれを捜査していく過程で、原爆製造にかかわる機密が、かなりの量の文書のかたちで、外へ、つまりドイツへ、漏れていた事実が発覚する。発覚の経路やそれにかかわった人物は特定され、事件は解決するのだが、そのときはすでにドイツは降伏している。しかも漏洩した文書だけでは、アメリカがなにをやろうとしているのかはわかっても、原爆を製造することはとうてい不可能だ。だからそちらの事件のほうは、いっさいなにもなかった、という処理がなされる。歴史のなかの小さな一部分がリライトされるのだ。
 原爆を製造していく現場、という歴史的な事実のなかに、嫉妬による殺人事件という架空の物語が入れ子になっていて、そのなかにはさらに、ひとりの女性を魅力的に造形しつくすという試みの、恋愛物語が落とし込んである。話としてはほんのちょっとしたものなのだが、ペーパーバックで五百十七ページの、読んでいて退屈しない小説に仕上げてある。オッペンハイマーやフェルミといった、原爆製造にかかわったキー・パーソンたちが、小説のなかの人物として、実名で登場する。
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by yoshio-kataoka | 2006-05-15 11:41





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